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金曜夜にリベンジ鑑賞「大英自然史博物館展」<第1会場編> [博物館]

さて、今週はどうにか体力も週末まで持ってくれたので、先週あまりの混雑っぷりでまともに見る事が出来なかった「大英自然史博物館展」をリベンジ鑑賞(ノ`Д´)ノ[あせあせ(飛び散る汗)]
博物館をじっくり見回る程の体力が無ければ、京橋の加島美術で開催されている渡辺省亭展を見ようかとも思ったのですが、気分はすっかり大英リベンジの方向へ向いておりました。

今度こそはじっくり時間かけて見るぞ!と意気込んで会社を1時間早めにフレックス退勤。

本場の大英博物館ホール.jpg
↑会場内ショップで購入したポストカード。
本場のミュージアムショップで販売されているものみたいです。
大英自然史博物館の中央ホールにはディプロドクス(愛称ディッピー)の全身骨格が飾られています(現在、このディッピー君はイギリス国内を巡回するため、他の展示に変わっているそうですが)


初日から大混雑だったので、22日から整理券配布での対応に変更されたそうです。流石はかはく、対応早い。
混んでいても整理券さえ貰っておけば、時間まで他の展示品を見たりして時間潰せると言う訳です。
てっきり土日とか混雑する時だけ整理券配布かと思いきや、平日ですぐに入場できる場合でも整理券配布でした。

金曜は夕方5時頃に会場到着。
チケット売り場には10数人ほど並んでいましたが、私はリピーターズパス持っているのでそのまま入場口へ(パス<1年間有効で1030円>買っておけば特別展は常設展代620円を差し引いた割引料金でいつでも入れます)
入場口前で整理券を配っていたので「あれ?並んでいないけれど整理券必要?」と思ったら「そのままお入りください」と。


整理券.jpg
因みに貰った整理券はこんな感じ。思ったよりも相当しっかりした整理券だぞ…Σ(・ω・/)/
しおりとしても使えそうです。
貰ったのは「呪われたアメジスト」柄でしたが、他の展示物デザインの整理券もあるのかなぁ?
日付によって違うデザインとかだったら面白そうですが。


今回は音声ガイドも借りていざ会場へ。先週の大混雑が嘘の様に空いています。
これならゆっくりじっくり鑑賞出来そう[ぴかぴか(新しい)]ヽ(・∀・)ノ[ぴかぴか(新しい)]



多少シュール系の写真が入るので記事はたたんでおきます。 苦手な方はご注意を。



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キリンの頭
大英1.jpg
いきなりシュールなロスチャイルドコレクションの1つ。でも何故頭+首部分だけ…(;´∀`)
流石に全身剥製だと大き過ぎたのでしょうか。
もっとも頭部分だけでも結構大きいので、混み過ぎていた先週はカメラ引いて全体を撮影する事が出来なかったのですが。

ウォルター・ロスチャイルドは銀行財閥の跡取りだったのですが、本業そっちのけで動物標本の収集にあたったため、父親は弟を正式な後継者としたそうで。
もっともその弟のチャールズも兄と一緒に動物標本の作成にあたっていたようです。弟はノミの研究をフィールドワークにしており、明治後期にノミの採集の為に日本に来ていたんだとか。


頭足類の化石
大英2頭足類の化石.jpg
ジュラ紀後期 約1億6千年前の…イカ?の様にも見える化石
しかし手腕部を見るとイカじゃないっぽい邪悪さが……(;´∀`)


呪われたアメジスト
大英3呪われたアメジスト.jpg
今回の目玉展示品の1つでしょう。
別名「デリーの紫サファイア」とも呼ばれていたこのアメジスト。元はインドの寺院に納められていたものですが、19世紀のセボイの反乱の際に盗み出されてしまいます。
英国軍の将校フェリス氏によりイギリスに持ち込まれた後、フェリス氏の周りで不幸が相次ぎ(本人&家族が病気。家が没落)、その後この石はフェリス氏の友人に売却されたそうなのですが、その友人も直後に自殺。
その後どういう経緯を辿ったかは不明ですが、大英自然史博物館に勤務していた科学者のエドワード・アレン氏が入手したものの、やはり色々な不幸が続き手放す。
その後も所有した持ち主が次々に不幸になり、最後は河に捨てられてしまうのですが、アレン氏の元へ戻って来てしまったという曰く付きの宝石だったりします。

大英3呪われたピント.jpg
先週末は混雑の中ズーム撮影したらピントが呪われた状態に…[あせあせ(飛び散る汗)]

元々はルース(裸石)の状態だったようですが、呪いを恐れたアレン氏が双頭のヘビを象ったリングにはめ込み、七重の箱に保管して銀行の貸金庫に納めていたとか。
アレン氏の死後、娘のメア・ジョーンスによって博物館に寄贈されたらしいのですが、実物を見てもそれほど禍々しい感じは全くしないんだけどなぁ……?
(と思っていたら、やはり呪いうんぬんの下りはどうもねつ造の可能性があるようです。アレン氏がChristopher Blayre名義で書いた小説『The Purple Sapphire』に出て来る呪いの宝石をもっともらしく思わせる為に寄贈したものだとかなんとか)


三葉虫
大英4三葉虫.jpg
「集団で交尾していた時に窒息死した」と推測されている三葉虫の群れ…[たらーっ(汗)]


"ダドリーイナゴ"と呼ばれたブローチ
大英5ダドリーイナゴ.jpg
イナゴの一種と思われていたんですね、三葉虫。


ガラスケースのハチドリ
大英6ハチドリ.jpg
大英6ハチドリ2.jpg
先週のがいまいちだったんでリベンジ撮影してきました。
1851年にロンドン万博招致目的でロンドン動物園に。
その30年後の1881年に大英自然史博物館が開館した際には館の中心に飾られ、どちらも大人気の展示品だったようです。


アルダブラゾウガメとガラパゴスゾウガメ
大英7ゾウガメ.jpg
左の大きなのはアルダブラゾウガメ。右はダーウィンのペットだったガラパゴスゾウガメ(幼体)
アルダブラゾウガメの方はおよそ200才。ゾウガメで一番長生きした個体だそうです。
ダーウィンがビーグル号で航海した際にゾウガメを見て称賛しており、それが後に絶滅の危機にあったアルダブラゾウガメの保護に繋がったんだとか。

ビーグル号の航海中にダーウィンもガラパゴスゾウガメを捕獲して帰国し(1835年頃)、そのゾウガメ(愛称ハリエット)は2006年に175才で死ぬまで生きていたそうですが、このアルダブラゾウガメはフランスの探検家マリオン・デュ・フレーヌによりセイシェル諸島で捕獲され、1766年にモーリシャス諸島に連れて来られたゾウガメ5匹の中の1匹で、1918年に井戸に落ちて死んだ個体です。


ダーウィン「種の起源」手稿
大英8種の起源.jpg
「本能について」の章の1ページ。「種の起源」の手稿は世界に20ページほどしか残っていないんだとか。
ダーウィンも金持ちの家系に生まれていますが(父親は医師。母方の祖父は陶器で有名なウェッジウッドの創始者)後に神学校に通い、牧師を目指していた時期もあったようです。
「種の起源」は自然選択説(自然淘汰説)について書かれたものですが、出版した当初は進化説が徐々に浸透していた時代でもあり、色々と反発もあったようです。


始祖鳥(ロンドン標本)
大英9始祖鳥2.jpg
大英9始祖鳥1.jpg
2つの標本がありますが、下側は上側のカウンターパート(反対側)です。綺麗に別れたものですね。
頭骨部分は欠損していたと思われていたそうですが、下あご以外の部分は岩石に埋没した状態で残っており、2011年に始祖鳥のネオタイプ標本に指定されています。

会場内ではこの始祖鳥が化石標本から蘇り、夜の自然史博物館内を自由に滑空しているCGムービーが放映されていました(映画の『ナイトミュージアム』的な…)
始祖鳥の羽毛は現代の鳥と異なり、シンメトリーな構造であるため飛翔には向かず、せいぜい高い所からの滑空程度だった、というのを過去に何かの書籍で見た事があるのですが、今は骨格の研究などからまた少し違う解釈になっている様です。



ジョゼフ・バンクスのタカラガイコレクション
大英10タカラガイ.jpg
エンデバー号の航海中にバンクスが収集したタカラガイ類。
キャプテン・クックが18世紀に探検航海した際の収集品ですね。


微生物のスライドボックス
大英11スライドボックス.jpg
こちらはチャレンジャー号の航海で採集された微生物のスライド。
当時は水深550mより深い場所には生物は存在しないとされており、深海調査の必要性を掲げたチャールズ・トムソンの主要により王立協会が海洋調査船として改修した軍艦チャレンジャー号を調達。
世界中の海洋調査に乗り出したのでした。
チャレンジャー号は1875年に日本にも寄港し、2ヶ月程船の修理で滞在。明治天皇にも拝謁したそうです。


ニホンアシカ
大英12ニホンアシカ.jpg

小城隕石
大英13小城隕石.jpg
大英自然史博物館では日本に関する標本類も所持しており、何点かの標本が里帰り展示されていました。
ニホンアシカは既に日本では絶滅したとされていますが、明治期にはまだ日本海洋周囲で生息しており、開国されて間もない島国の珍しい動植物標本はだいぶ需要があったようです(このアシカは毛皮目的で千島列島付近でラッコやアシカを乱獲していたヘンリー・スノーにより捕獲され、横浜の貿易商アラン・オーストンにより大英自然史博物館へ送られたもの)

小城隕石(H6コンドライト隕石)は1741年に佐賀県に落下した4つの隕石のうちの1つで。
4つの内、小さめ(1kgが2個)の隕石は行方不明になってしまったそうですが、大きめの隕石2つ(6kgと4.3kg)は小城の領主鍋島家に100年以上保管されていたそうです。
その後、4.3kgの隕石はイギリスのパークス駐日公使を介し、1883年に鍋島直虎から大英自然史博物館へ寄贈。
残った6kgの隕石は戦火で行方不明になっており、現在残っているのは展示されている1点だけなんだとか。
一部が切り取られているため、現在の標本重量は3.81kgになっています。





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