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マジックアワー/黄昏栄えて 沖つ辺に [favorite things]

昨日は夏至でしたね。
今頃の時期は定時(17時)上がりで帰ると家に着いてもまだ空はだいぶ明るいのですが、今日は仕事帰りに少しだけ寄り道して帰って来たら地元の駅に着く頃にちょうど黄昏時。

空にスマホを向けている人がいたので「何かいるのかな?」
振り返って見上げてみたら物凄く綺麗な夕焼け空。
バラ色の空2.jpg

思わずスマホ取り出して私も1枚。
バラ色の空1.jpg
愛用のスマホ(XperiaZ3)搭載のカメラは暗くなって来るとだいぶ色目が違って映ってしまうので、こんなバラ色の夕焼け空になりましたが、実際の眼で見たイメージだと




バラ色の空1実際.jpg
こんな感じでしょうか。ほんのりバラ色の空でした。


日没後、僅かに明るい時間帯を「マジックの様な芸術写真が撮れる時間」と言う事で「マジックアワー」とも言うそうです。
マジックアワーはあっという間に終了。
数分後、家に着く頃にはすっかり薄暗くなっていました。



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仕事の合間を縫って駆け込みで「太刀 獅子王」を見てきました [博物館]

先週も1週間、何とか熱出す事も無く残業混じりでお仕事状態でしたが、先週金曜日でようやく2017上期の仕事が一段落しました[ぴかぴか(新しい)]ヽ(・∀・)ノ[ぴかぴか(新しい)]
正確にはもう少し色々とあるのですが、取り敢えず一番の山である研究成果の報告書作成がほぼ終わったので気分的にはもう終わったも同然状態。

そう言えば箱根旅行から帰ってきてから仕事やプライベートが忙しかった事もあって週末ずっとうろちょろしていなかったのですが、いい加減少しでも何処かに出掛けたい気分に。
先々週末(6/9)の話になりますが残業の後、駆け込みでトーハク(東京国立博物館)に太刀「獅子王」と風神雷神図屏風を見に行ってきました。
(…いや、もう擬人化した「獅子王」出て来る某刀剣育成ゲームは去年の夏以来やっていないんですけれどね。獅子王の展示は見た事無かったので。
しかも時間もなかったので見たいものだけさっと見て帰ってきましたが[たらーっ(汗)]
(※)太刀「号 獅子王」の常設展示は6/11で終了しています。尾形光琳「風神雷神図屏風」の常設展示は7/2までです。


トーハク本館のエントランス
トーハク.jpg
いつもは特別展を開催している平成館の方から入る事が多いのですが、久しぶりに本館エントランスから入るとテンション上がりまくります。


尾形光琳「風神雷神図屏風」
風神雷神1.jpg
風神雷神2.jpg
風神雷神3.jpg
特別展「茶の湯」展も終了していたし、結構時間も遅めだったので空いているかと思っていたんですが、風神雷神図屏風の前はそれなりに観覧者多かったです。
しかもお爺ちゃんが1人、展示ケースの前でずっとかぶりつき状態で見ていたので、後ろでは撮影したい人達の横並び列が出来てしまい、この写真撮るだけでも10分近くケース前でうろうろしながら待っていました


「太刀 獅子王」の写真は ↓ からどうぞ。


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窓からの眺望が素晴らしかった成川美術館 [美術館]

持病持ちなので2ヶ月に1回のペースで薬を貰いに通院しています。
昨日がちょうどその通院日。
いつもは簡単な問診の後で薬を貰うだけですが、今回は春先に受けていた会社の健康診断結果で諸々引っかかってしまったので、その旨相談したら血液検査始め、エコーだの消化器X線だのいろいろ検査予約を入れられてしまいました。

先週はいよいよ仕事が推してきたので毎日の様に残業状態だったのです(とは言え、体力持たないのでホントに短時間ずつですが)。
でも何とか熱も出さず、腹痛を起こす事も無く1週間きっちり残業に耐えられたなぁ、と思っていたら、昨日の血液検査でバッチリ状態悪化(CRPが僅かに上昇。γ-GTPとALPが大幅に上昇)の結果が出てしまいました[たらーっ(汗)]
今週も残業は免れない状態なのですが、これ以上状態悪化すると一時入院もあり得るので悩ましい所です(;´Д`)



姉妹de箱根旅行記最終回。

大涌谷から強羅。強羅から小涌谷駅へは空いていたので割合すいすいと進みましたが、問題は小涌谷駅前から元箱根港方面。
前日(5/4)に岡田美術館へ行く時に富士屋ホテル前のバス停から同じ方面へ向かうバスに乗ったのですが、小涌谷駅に着く頃には結構混雑しており一部の乗客が乗り込めない状態だったのです。
駅前のバス停で待っていると中国系と思われるグループが順番を無視して沢山並び始めました。
うーん、これは次のバスで割り込まれてしまえば乗れない可能性が…[あせあせ(飛び散る汗)]

しばらくしてバスが来ましたが、何だか結構空いています。
よく見ると乗ろうとしていた路線番号「H」の箱根町線のバスではなく「Z」で「箱根町」行きの表示が。
元箱根港には行くか聞いてみると「行きます」との事でしたが、箱根登山バスではなく伊豆箱根バスで管轄が違うのでフリーパスは使えないとの事でした。
あー、なるほど。それで空いているのか。

この後に来る「H」路線バスならフリーパスで乗れますが混雑していれば乗れないかもしれないし、別料金にはなるけれど「Z」路線バスで向かう事にしました。
GW中の混雑の影響を受けて勝手に行き先が「元箱根」止まり扱いになってしまい(案内も無かったので知らずに暫くバス内で発車待っていた)そこから徒歩で元箱根港へ向かったので結構時間がかかってしまいましたが、大涌谷を出てから1時間半程でようやく元箱根港に到着。時刻は既に13時半を少し廻っていました。



目的地の成川美術館はバス停「元箱根港」からすぐの場所にあります。
それなりの高台にあるのですが、美術館入口まではエスカレーターがあるので楽々と到着。
エスカレーターの途中にはこんな杉の巨木があります。
「大王杉」
大王杉.jpg
大王杉2.jpg
樹齢3000年とか書いてありましたが…えぇーーー?ホントに??

根元から煽りで見たのと、撮った写真からでは大きさがピンと来なかったのですが、人と比較した写真を見てみると確かに相当な大きさです。
これなら確かに樹齢3000年と言われるのも納得。
箱根港付近には杉の木が結構あるようですが、何故この杉だけがこんなに延々と生き延びたのか不思議です。

5月初旬だと言うのに季節外れの桜(?)も咲いていました。
桜.jpg


成川美術館入口
成川美術館入口.jpg
成川美術館は主に近代の日本美術を展示している美術館で、行った時には平山郁夫、岡信孝(川端龍子の孫)、芳澤一夫の企画展などが開催されていました。
常設展示では見事な翡翠彫刻や牙彫作品も。


でも成川美術館の一番の見所はこの芦ノ湖を見渡せる眺望かもしれません。
成川美術館1.jpg
晴れていたので駒ヶ岳ロープウェイや箱根神社の鳥居がよく見えましたが、残念な事に富士山が見える位置に雲が…。
午前中は雲1つ無く、富士山もよく見えていたそうです。
やっぱり朝は富士屋ホテルから元箱根港方面へ向かって、そこから桃源台→強羅と逆方向で行けば良かったんだなぁ[たらーっ(汗)]


お昼を食べていなかったのでティーラウンジで軽めにホットサンド(大きなクッキー2枚付き)と紅茶を注文しました。
ここのラウンジの窓側の席は芦ノ湖を一望しながら食べられる様になっています。

ホットサンドを食べながら窓の外を見ていると乗れなかった海賊船が入ってくるのが見えました。
成川美術館2.jpg
私「やっぱり結構海賊船、混んでいるねぇ」
妹「こっちから乗るのも相当並んでいるよね」


成川美術館3.jpg
私「あ、でも結構乗り込めるんだね。列がだいぶ短くなった」
妹「最後尾は乗り込めないみたいだけどね」


海賊船が行った後に箱根町港方面からの船も入ってきました。
成川美術館4.jpg
箱根町港からの船は小さい船だけの模様。
だいぶ以前、箱根に来た時は桃源台までで船には乗らなかったので今回こそは、と思っていたんですが今回も乗れなかったな…。



ところで館内全部見回ってから成川美術館内は撮影可能だった事に気付きました(;´Д`)
今から思えば割とこじんまりした美術館内で見直すのもそれほど時間はかからなかったので、何で館内をもう一回見て平山郁夫作品とか撮影しておかなかったんだ、と思うのですが、その時は帰りの電車の時間の心配とか(帰りは時間が読めなかったので予約していなかった)もあったし、混み始めた館内をもう一周するほどの気力も無くなっていたので、近くにあった作品だけ1枚撮影。

芳澤一夫作 「月天 不苦労」
ふくろう.jpg


美術館を出たのは15時頃。
バスで富士屋ホテルに向かい、預かってもらっていた荷物を受け取ってから大混雑の登山電車に何とか乗り込み、ようやく時間の目処が立ったので帰りの電車を予約しなくちゃ、と思ったら既にロマンスカーは17時台も18時台も予約で満車状態[あせあせ(飛び散る汗)]
予定変更して小田原駅17時42分発の新幹線(指定席の空きが無くてグリーン車)で帰って来ました。
(最初は17時12分のこだまで予約入れたのですが、箱根登山鉄道が少し遅れていたのでギリ間に合うかどうかだったので42分に変更。結局12分には間に合う時間に着いたのですがそのまま42分で帰って来たのです)

新幹線で1時間早く着いたので予定よりだいぶ早く帰れるな、と思ったら、自宅まであと少しのところで電車事故で小一時間ほど止まってしまい、結局ロマンスカーで帰ってくるのと変らない時間になってしまいました[たらーっ(汗)]
あぁ、12分発の新幹線に乗っていれば事故で遅れる事も無かったのになぁ(;´Д`)
何か今回の旅行は混んでいてそれほどあちこち廻れなかったし、と嘆いていたら妹が
「でもさ、帰りの登山電車で隣にいた親子連れのお父さんが『今日は朝から色々並んでばかりで何処もまともに見られなかったなぁ』ってボヤいていたから、私らはだいぶ見て回れた方なんじゃない?」と。


確かに大混雑の中ではそれなりに廻れた方だったのかもしれません。
リゾートパスポートがあと1枚残っているので、今度は10月末にリベンジ箱根旅行予定。
今度こそはロープウェイで桃源台まで行って海賊船乗ってきます(>_<)ノ




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物凄く久しぶりに見た大涌谷は枯れ木の世界でした [旅行]

強羅公園の西門から歩いて数分でケーブルカーの公園上駅に到着。
箱根ケーブルカー(正式名称は『箱根鉄道鋼索線』というそうで)は強羅駅と終点の早雲山駅以外は無人駅になっています。
ちょうど駅に着く少し前に早雲駅行きのケーブルカーが発車してしまったのもあって、乗客は妹と私の2人だけという強羅駅の混みっぷりが嘘の様なガラガラ状態。
とは言え、ケーブルカー内は強羅駅からの乗客で満員状態だから、もし乗れない状態だったらどうしよう、という一抹の不安も。

駅のホームは傾斜が結構あって立っているのがちょっと大変だったので待合室で次のケーブルカーが来るのを待っていました。

待合室にいると登って来るケーブルカーがちょっと見えにくいのですが、ケーブルカーが動きだすと滑車部分が大きくガラガラと音を立てるので乗り逃がしてしまう事はなさそうです。


ガラガラと音がし始めたのでホームに出てみましたが
ケーブルカー1.jpg
まだケーブルカーは遥か遠く。
(ホームの傾斜に慣れていないので、写真がめちゃくちゃ斜めに[あせあせ(飛び散る汗)]
強羅駅行きのケーブルカーが公園下駅から強羅駅に移動した時の音だったみたいです。
ケーブルカーは2編成しかないので強羅駅で乗降する人が多いと何十分も待つ事になる模様。


少し待ってケーブルカーが公園上駅に到着。
ケーブルカー2.jpg
公園上駅から乗る人は私たちの他に親子連れだけだったのでどうにか乗る事が出来ました。

ところで強羅駅で降りた時にケーブルカーを待っていたインド系の親子連れがいたのですが「乗ったケーブルカーにその親子連れがいたよ」と気付いた妹が後で教えてくれました。
子供の方がバービーのイラストが付いたカートを持っていたのですぐに同じ親子連れだったと気付いたそう。
強羅公園内は結構のんびり見たので小一時間程居た様な感覚だったのですが、撮影した写真で確認すると実際は30分程しかいなかったみたいです。
強羅駅で他の人たちがケーブルカー乗る為にずっと待っていた40分の間に、私たちは強羅駅から強羅公園へ向かい、公園内を一通り見て公園上駅へ向かった事になります。


と、まぁケーブルカーの終点 早雲山駅まではまだ良かったのですがケーブルカー3.jpg
早雲山駅に着くとまたしてもこの行列(>_<)
今度は箱根ロープウェイに乗る為にまた4~50分待ちです。


流石にロープウェイでは次の駅まで歩く、というのも無理なので今度はひたすら並びます。
ロープウェイ1.jpg
並び始めて30分でようやくロープウェイが見える場所まで移動。
箱根ロープウェイには相当昔に1回だけ乗った事がありますが、その時に比べると随分綺麗な車両になっています。
Wikiによれば早雲山ー大涌谷間は2002年6月に新型ロープウェイに変更されたようです。


40分程並んでようやくロープウェイに搭乗。
ロープウェイ2.jpg
山頂付近はまだ火山性ガスが発生する危険性があるからか、乗り込む前に1人に1つずつ袋に入ったメディカルシート(と言う名の濡れおしぼり的なもの)が渡されました。


5分程で大涌谷が見えてきます。
ロープウェイ4.jpgロープウェイ5.jpg
相当前(確か30年くらい前?)に1回だけしか来ていないのでうろ覚えですが、当時はここまで褐色の世界では無かった筈。
2年前の噴火は小規模なものだったみたいですが、大涌谷周辺の植物には少なからず影響があったみたいです。

間もなく大涌谷駅に到着。久しぶりの大涌谷駅もすっかり新しくなって綺麗になっていました。
2013年4月から新駅舎に変った様です。昔はだいぶ鄙びた感じだったのになーー。

ここでロープウェイを乗り換えて桃源台駅。そこから海賊船に乗って元箱根港へ向かう予定だったのですが、またしても桃源台行きのロープウェイ乗り場には大行列(>_<)
しかも今度は間違いなく一時間は並びそうな感じ。

既に時間は12時近くになっていました。桃源台に着いても海賊船に乗る為に一時間程並ぶとのアナウンスもあったので、このまま先に進むと元箱根港に着くのは2時半くらいになってしまいそうです。
諦めて戻り、小涌谷駅からバスで元箱根港へ向かう事にしました。


その前に折角来たので大涌谷を少しだけ観光。
大湧谷.jpg
人ばっかりだったので写真はこれ1枚だけ。
火山性ガスの影響で相当広範囲の草木が枯れてしまっていました。

黒玉子の像とか結構面白いモニュメントが幾つかあったのですが、どれも並んでまで撮影しているような混雑っぷりだったので写真は断念[たらーっ(汗)]

前に来た時は確か駅前に昭和チックな土産物屋が数軒ほど&大涌谷自然科学博物館があっただけでしたが、今は新しい建物があちこちに出来ています。
名物の黒玉子も駅前の土産物屋と少し登ったところにある黒玉子茶屋で細々と売っているだけだったのに、今では「大湧谷くろたまご館」なんて立派な建物で販売しているし。
あの当時の大涌谷の周辺の写真が何処かに載っていないかなぁ、と探してみましたが、案外ありそうでない[たらーっ(汗)]
昔行った時に写真撮っておけばよかったかな。


逆方向へ向かうロープウェイとケーブルカーはそれほど混んでいなかったのですぐに強羅駅まで戻る事が出来ました。
帰りのケーブルカー.jpg
強羅駅から再び登山鉄道に乗り、途中の小涌谷駅で下車。
そこからバスに乗り換えて元箱根港へ向かう事にしました。



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タグ:箱根旅行

箱根2017初夏姉妹旅2日目:ピーカン晴れの中、強羅公園を散策 [旅行]

早くも日差しは夏を思わせる様な6月の始まり。
夏は好きな季節ではありますが、湿気と暑さに対して極端に弱いので自室のエアコンは既にちょいちょい動かしている状態です(2階は屋根に近いので余計暑いせいもありますが)

時間を1ヶ月前に巻き戻して箱根旅行2日目(5/5)の続き。

初日、要所要所で結構混雑していたので(岡田美術館だけは空いていましたが(;´∀`))2日目は出遅れない様にダイニング「ザ・フジヤ」のオープン時間7時30分に併せて朝ご飯。
早めに食べて強羅公園の開園時間9時には着いていなくちゃ!と意気込んでいたのですが…朝食から料理を選択した時点で早くも予定通りには行かなくなってしまいました。
妹は念願の「エッグベネディクトブレックファースト」、私は「富士屋ブレックファースト」を注文したのですが、コース料理方式に一品一品ずつ持ってくるので結構時間がかかってしまうのです。
特に富士屋ブレックファースト、これが7品も出るので大失敗[あせあせ(飛び散る汗)]
他の人たちは単品で注文しているのか、どんどん朝食を済ませてザ・フジヤを後にしていきますが、こちらはまだメインも来ない状態。
途中からはもう開き直ってのんびり朝食を楽しむ事にしました。もともと今回の箱根旅行一番の目的は富士屋ホテル宿泊ですからね。
因みに朝食はフレッシュオレンジジュースとヨーグルトが絶品でした(後はまぁ普通…。パンは食べ切れないので妹に食べてもらったのですが、相当美味しかったそうです)


チェックインを済ませて荷物をそのままホテルに預け、ホテル傍の停留所からバスで強羅方面へ向かう予定だったのですが、やってきたバス内は既に大混雑で乗ることができず。
その後に来るバスも確実に乗れるか判らなかったので、ちょっとルートを変更することにしました。
元箱根港方面へバスで向かって箱根港から観光船で桃源台へ向かいロープウェイに乗るか、登山電車で強羅まで行き、ケーブルカー→ロープウェイで行くか。

前日、元箱根港方面に向かうバスで岡田美術館へ向かった時にバス内が結構混雑していたので、登山電車の方が良いのかな、と宮ノ下駅へ向かったのですが、これもちょっと選択ミスでした。


宮ノ下駅に着いたのは9時15分頃
宮ノ下駅1.jpg
やってきた電車内も既に大混雑。
どうにか強羅駅までは来れましたが、その先のケーブルカーに乗る為の行列が駅の外にまで続いていて「ケーブルカーは4~50分待ち」の案内放送が[あせあせ(飛び散る汗)]

目的地の強羅公園は強羅駅からでも歩いて行けるので、ケーブルカーは諦めて徒歩で向かう事にしました。
大体徒歩10分ほどで行ける距離ではあるのですが、とにかく物凄い急坂を登っていかなくてはいけないので結構大変[あせあせ(飛び散る汗)] 妹も私も普段運動不足も良いとこなので、息切らせながら必死に歩きました。
(GW最終日から1泊で箱根に出掛けた両親も強羅公園に行ったそうですが、強羅駅からバスで行ったそうです)


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タグ:箱根旅行

宮ノ下富士屋ホテル【アイリーとハーミテイジの謎】ヴィンテージフォトから推察 [旅行]

今回の記事は趣味の古いもの考察記事なのでグダグダ長めです(;´∀`)[あせあせ(飛び散る汗)]
レトロ建築や古写真に興味がある方はどうぞお楽しみください。


先日、まとめスレ系で珍しい古写真を見つけました。

竣工当初(明治24年(1891))の本館
完成当時の本館.jpg
竣工当初は玄関上の鳳凰の飾り部分は白くなかったんですね。

今の本館と比べると正面部分が結構変っていることが判ります。
玄関ポーチが開放状態になっているからか、竣工当初の方が何だか随分大きな建物の様に見えます。
平成本館.jpg
富士屋ホテル現在.jpg
(下の写真は塗りが新しいのでちょっとだけ昔の富士屋ホテルみたいですが)


先の記事でちょこっと記載しましたが、富士屋ホテルには全部で7棟の登録有形文化財となっている建築物(アイリー、本館、西洋館1、2号館、食堂棟、花御殿、菊華荘)があります。

今回の旅行では菊華荘とアイリー以外は全て見学してきました。
菊華荘は朝食に和定食でもチョイスしなければ敷地内に入れないのではないかと思っていたのですが、ここも普通に外観だけなら見学可能だったようです(内部も見学可能な時もあるそうで)。
菊華荘を見学してきた人たちがブログなどで写真載せていたので、それならばアイリーももしかして写真載せているんじゃないかと期待して検索してみたのですが、現存する建築物なのに「文化遺産オンライン」のサイトと、富士屋四代目社長の孫である山口由美さんの著書「箱根富士屋ホテル物語」に載っていた写真以外見つけられないのです。
うーん、もっと簡単に写真見つかるかと思ったのに意外な…。


ようやく唯一下の古写真と同じものを紹介しているサイトを見つけました。
富士屋ホテル明治24年頃か.jpg
そのサイトでは

「明治24年(1891)に新築された富士屋ホテル本館と付属の建物群。平屋(後にアイリーと改称)と呼ばれる本館の左に見える洋館は、当初は本館の前にあったが、移築された。右端の二階建ての洋館は明治19年(1886)に建設された下の西洋館(大正9年〔1920〕ハミテージと改称)である。」

と記載があったので、最初はてっきり本館手前の建物がアイリー、右横の白い二階建ての建物がハーミテイジかと思っていました。
でも文化遺産オンラインのアイリー写真と比べると屋根の形状がどうも違う気がします。
文化遺産アイリー.jpg

「箱根富士屋ホテル物語」によるとアイリーは大正4(1915)年に二階建てに改修されているので、上に二階部分を載せたのだとしたら今の写真とイメージが違うのかもしれません。
でも書籍の方に載っていた平屋状態のアイリーの写真と比べてみてもやはりどうも違う様です。


その後「長崎大学附属図書館」のサイトでも下記の古写真と同じものを見つけたのですが、これがまた沢山の建物ありすぎて、一体どれがハーミテイジでどれがアイリーなのやら[あせあせ(飛び散る汗)]
富士屋ホテル全体明治30年以前か.jpg

ハーミテイジ(隠者の庵)と後年愛称が付いた建物は、明治17年(1884)竣工のアイリー、明治18年竣工の日本館に引き続いて明治19年に竣工されたもので、昭和60年(1985)まで現存していた筈なのですが、こちらもアイリー同様に建物全体が判る写真が探しても全く出て来ません。
建物の形で比較しようにも比較する元が無いのです。


ウェブ上で色々探してみて無いなら、富士屋ホテルに再訪した時にでも資料室で再度じっくりそれらしいのを探してみるしか無いのかなぁ、と思っていたのですが、案外ひょんなところからアイリーとハーミテイジ、そして日本館の写真を探す事が出来たのでした。


【追記】
「ぼくの近代建築コレクション」の流一さんが、庭園に移築された後の貴重なアイリーとハーミテイジの写真をアップして下さいました。
 是非併せてご覧ください。
 


続きは ↓ から。

なお今回の記事では全てクリックで写真拡大致します(いや、このブログでは殆どの記事写真がクリック拡大しますが)
クリックしてレトロなFujiya Hotelをお楽しみください。



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宮ノ下富士屋ホテル【庭園】温室に入れるのは17時まででした [旅行]

1ヶ月が過ぎるスピードが速いーーーヽ(´Д`;≡;´Д`)ノ [あせあせ(飛び散る汗)]来週からはもう6月です。
仕事の締めが20日。しかも来月は上期の締めなのでだいぶ焦っているのですが、来週からも予定目白押しでいろいろ終わらせる事が出来るのか…果てしなく心配[たらーっ(汗)]


約3週間前に遡って旅行初日の夕方に見て回った富士屋ホテル庭園の写真をアップ。
庭園へは本館から西洋館へ続く通路から出る事が出来ます。
17時前にホテルにチェックインし部屋で少しくつろいだ後、暗くならない内にと庭園を見て廻る事にしました。

通路から出た先にある小さな池と滝
庭園.jpg
ティーラウンジオーキッドからも見える庭園風景です。
1960年頃のアンティークポストカードにも今と殆ど変らない状態のティーラウンジが載っています。
アンティークラウンジ.jpg



その横にはホテルの守り神である横井戸が祀られています。
庭園1.jpg庭園2.jpg
関東大震災があった際、宮ノ下一帯は断水状態に陥ったのですが、この横井戸の水だけは枯れなかったため、当時宿泊していた113名の食事や洗面がまかなえたのだそうです。
今はちょろちょろとしか出ていませんが、当時はもう少し水量も多かったのでしょう。


続きは ↓ をクリック。



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宮ノ下富士屋ホテル【花御殿】は富士屋ホテル黄金期の建物ですよ [旅行]

ホテル内でのショップでも販売していて気になったものの、その時は買って来なかった「箱根 宮ノ下 富士屋ホテル 伝統のレシピ」なる本。
やはり気になってAmazonで購入したのですが、書かれたレシピ見て思いました。

「…これ、絶対素人には作れんヤツばかりや…(;´Д`)」

例えばビーフカレーのレシピ。
水ではなくブイヨンを使うのですが、そのブイヨンを作る為のレシピはコンソメスープのレシピページに更に載っており「牛すね骨1.8kg」とか「鶏ガラ500g」とかプロの本気が炸裂しているのです。
サラダのレシピ1つ取ってみてもやたら凝った作り方になっておりまして、まぁあのお値段になっても仕方ないのかなぁ、という手間のかかったレシピばかりでした(;´∀`)
館内の歴史コラムなどもちょこちょこ載っているので読み物としても結構面白いかと思います。


改めて今回の宿泊先「花御殿」
花御殿1.jpg花御殿.jpg
1936年(昭和11年)竣工【登録有形文化財/近代化産業遺産】
花御殿説明板.jpg

富士屋ホテルの黄金期に建てられた建物ですね。
設計は三代目社長の山口正造自身によるもので(施工:河原徳次郎)富士屋ホテルの建築物の中でも一番華やかな出来になっています。
食堂棟は1階部分だけが鉄筋でしたが、花御殿は全て鉄筋コンクリートで木造風の意匠を施した造り。
1、2階(表記はB2FとB1Fになっています)部分は校倉造り風。客室のある上層部分には高欄付きバルコニーが設けられています(バルコニー部には出られないのですけれど)。
屋根が唐破風と千鳥破風の合わせ技になっているのは食堂棟と同じですね。


玄関部分
花御殿2.jpg
やっぱり(非常時以外には)開かない仕様の玄関。
鏝絵による意匠が素晴らしい… [ぴかぴか(新しい)]

玄関部分から見上げて1枚
花御殿3.jpg
宿泊した159号室「ちょうじ」の部屋は反対側になるので、こちらからは見えません。


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宮ノ下富士屋ホテル【食堂棟】&外からちょこっとカスケードルーム [旅行]

朝晩はまだ少しひんやりしますが、日中は30度近い日も徐々に増えてきました。
ついこの間5月になったばかりという感じだったのに、気付けばもう5月のうちの2/3が終わり。
会社は6月が期末月なので、仕事面でだいぶ忙しくなりそうです。
旅行の時ののんびり感が恋しい…つД`)・゚゚・*:.。


富士屋ホテル探索、まだまだ続きます。

本館横に建っているのは食堂棟
富士屋食堂棟1.jpg
1930年(昭和5年)竣工【登録有形文化財/近代化産業遺産】
富士屋食堂棟6.jpg

この食堂棟と花御殿は二代目社長(正確には三代目。専務時代に建設に携わっています)山口正造の時代に建設されたものです。
設計は富士屋ホテルの別館である旧御用邸「菊華荘」の設計を手掛けた木子 清敬(きこ きよよし)の二男である木子 幸三郎(きご こうざぶろう)となっていますが、少なからず正造のデザインがそこかしこに反映されているようです。

説明看板には「木造仕上げで建造された建物です」の表記がありますが、正確には1階部分は鉄筋コンクリート、2階とその上に建つ二重の塔屋「昇天閣」部分が木造建築になります。



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宮ノ下富士屋ホテル【西洋館一号館&二号館】そして謎の三号館 [旅行]

2007年に改訂版が発売された「箱根富士屋ホテル物語」の文庫版が出ていたので買ってみました。
著者は富士屋ホテル三代目社長(正確には四代目)の孫である方なのですが、ネットで調べても判らなかった事情背景などが書かれており、なかなか興味深い内容になっています。
今は創設者の山口家の手を離れて国際興業グループが所有する施設となっておりますが、改訂版&文庫版ではそこに至るまでの経緯も書かれていました。
一歩間違えば富士屋ホテルは今のままで残っておらず、富士屋ホテル向かいにあった奈良屋旅館の様に近代化された施設に変貌を遂げていたのかもしれません。


本館の横に建つ西洋館
西洋館1.jpg
西洋館3.jpg
1906年(明治39年)竣工【登録有形文化財/近代化産業遺産】
富士屋ホテルの創業者「山口仙之助」の時代に竣工したコテージ風の双子の木造建築物。
向かって右側に建つ一号館にはカムフィロッジ、左側に建つ二号館にはレストフルコテージの名称が付けられています。
全ての窓が鎧戸付きの上げ下げ窓になっている典型的な西洋建築でありますが、玄関部分は唐破風造りで社寺建築の様にも見えるし、よくよく考えたら非常に不思議な造り。


上の写真は一号館カムフィロッジ。こちらは二号館レストフルコテージ。
西洋館2.jpg
レストフルコテージ側は改修工事のため、半分バリケードに覆われてしまっていてちょっと残念。



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