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鉄分を求めて「鉄道博物館」へ その2 [博物館]

写真を撮りまくって来たのでどんどん貼っていきます。


9850形マレー式機関車
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これは鉄道博物館の前身「交通博物館」でも特に記憶に残っていたカットモデルタイプです。
側面をカットして「マレー式」と呼ばれる複式蒸気機関の構造を見せています。
交通博物館の前身「鉄道博物館」として東京駅の高架下にあった時代(大正末期~昭和2年頃?)からカットされた状態で展示されていました(余談ですがカット工事を施したのは旧国鉄大宮工場だったそうです)

マレー式は高出力なので急勾配の路線で重連運転されていた当時のフィルムが放映されていました。
馬力はあったものの、構造が複雑でメンテナンスが困難だった事もあり、昭和8年(1933年)までに全て廃車されてしまいました。国内で残っているマレー式機関車はこの1台だけだそうです。


1290形機関車「善光号」
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「牛に引かれて善光寺」の信州善光寺に関係した命名?と思ったら、埼玉県川口市にある善光寺に因んだ命名なのだそうです。
この機関車はイギリスから船で輸送され、浜離宮から隅田川を遡上し、川口・善光寺付近で組み立てを行ったから、なのだとか。
川口駅の駅名看板にもこの善光号がデザインされているらしいので、今度川口駅に降りる事があったら確認してみよう。


コトク5010形客車「開拓使号」
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明治時代の客車にしてはずいぶん可愛らしいデザインだなぁ、と思ったら、アメリカのHarlan and Hollingsworth社から輸入された客車でした。
辨慶号に連結されている形で展示されていましたが、かつては義經号に連結されて明治天皇の御召し列車として走ったことがあるようです。


マイテ39形式11号客車「特急富士1級展望車」
てっぱく17マイテ外観.jpg
てっぱく17マイテ.jpg
てっぱく17マイテ説明.jpg
外観は地味なブラウンカラーなのに、内装はすこぶるゴージャスな桃山式です。
「富士」のテールマークが付いていましたが、これは昭和5年に東京−下関間を走っていた特急名で、戦後は「へいわ」や「つばめ」の展望車として使用されていたようです。

開拓使号やマイテ39形式は流石に車内には入れませんが、マイテ39形式は転車台で回転展示や内部見学が行われていたこともあったそう。
またいつか内部見学ツアーとかあるのでしょうか。


オハ31形式26号客車
てっぱく16オハ外観.jpg
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てっぱく16オハ31形式説明.jpg
これも昭和2年製造、ととても古い客車なのですが、内部に入って見学する事が出来ます。
もちろん座席にも座ってOK。床も木製なのでゆっくり歩くとキシキシと良い音がします。


クモハ40形式電車「クモハ40074」
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昭和11年製造。戦前の通勤型車両なんだそうですが、なかなか洒落た内装です。
前半分は当時の通勤の様子を再現した展示になっていました。後半分は実際に車内に乗る事が出来ますが、釣り革などは何故か取り外されています。


キハ41300形式気動車(キハ41307)
てっぱく22キハ46100外装.jpg
てっぱく22キハ46100.jpg
てっぱく22キハ46100説明.jpg
昭和9年製造。現在の気動車はディーゼル動車で軽油で走っていますが、これはガソリン動車。
気動車と言えば北国で走行しているイメージがありますが。当時の気動車は部分電化の路線を走っていた様です。
タグ:鉄道博物館
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