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レトロ建築に萌えてみる@トーハクの表慶館 [博物館]

3月になってからGW並みに暖かい日と寒い日が続いています。
こう寒暖差が激しいと体調を崩してしまいそうですが、相変わらず公私共に忙しい日々が続いているので気が張りつめているせいか何とか週末まで体力持っているかなぁ、と。

先週末(3/2(金))は東京国立博物館の表慶館で開催されている「アラビアの道-サウジアラビア王国の至宝」を見に行ってきました。
表慶館.jpg

…いや、正確には特別展に託つけて、表慶館の内部を撮影しに行ってきました(;´∀`)

てっきり特別展として特別料金で見るものかと思っていたら、常設展代だけで誰でも見る事が出来て、しかも内部の写真撮影も自由だとか(年パス持っている私はつまり実質ロハで見る事が出来るということで)
普段は中央の吹き抜けホール部分くらいしか撮影を許されていない重要文化財「表慶館」
仕事疲れも忘れて張り切って出掛けてきましたヽ(・∀・)ノ
表慶館1.jpg

で、本来であれば特別展「アラビアの道-サウジアラビア王国の至宝」の展示品を紹介するところですが、写真も多いのでそちらは別記事で書くとして(笑)
まずは片山東熊の傑作である表慶館内部の写真から。



続きは ↓ から。




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表慶館=「慶びを表す館」の意味だそうです。
明治33(1900)年、当時皇太子であった大正天皇のご成婚を記念し、約7年の年月をかけて明治41(1908)年に竣工した石と煉瓦造りの2階建の建築物です。
東京国立博物館内にある展示館としては一番古い建物であり、昭和53年(1978)5月に重要文化財に指定されています。
表慶館2.jpg
表慶館3.jpg
建築費用は千家尊福(いえとみ)男爵を会長、澁澤栄一、松田秀雄を副会長とした「東宮御慶事奉祝会」が中心となった一般国民も含む有志からの寄付金で全てまかなわれており、全国23,917人からの寄付金は408,501円に達したのだそうで。
明治30年頃の教員や巡査の初任給が8~9円ほどだったそうなので、当時の1円は現在の2万円ほどではないか(消費者物価指数として)という見方もあり、それを踏まえて考えるとこの40万と言う金額は80億円以上になる計算になります。

館内の要所要所を見ると表慶館の館内はあちらこちらに非常に手が込んだ装飾が。
表慶館4.jpg
表慶館5.jpg
表慶館6.jpg
重機なども当然なかった明治末期、これだけの建築物を人の手で作るのはさぞかし大変だったろうと思います。

この表慶館の設計に携わったのが当時宮内省技師だった片山東熊。
表慶館7.jpg
片山は鹿鳴館や三菱一号館などを設計したジョサイア・コンドルについて建築学を習った最初の学生でもあります。
当時の東京国立博物館(旧東京帝室博物館)の本館はジョサイア・コンドルが設計していたため、師匠と弟子がそれぞれ設計した建築物が並ぶ博物館でした。

残念ながらコンドルが設計した旧本館こと1号館(明治14(1881)年に竣工)と2号館、3号館は大正12(1923)年の関東大震災で損壊しています。


表慶館は地盤を深く掘り進め十分な耐震対策を施してから建設されました。
表慶館8.jpg
表慶館9.jpg
表慶館10.jpg

『東京国立博物館百年史』によれば

地盤線より十二尺(約3.6m)の深さに掘り下げ、精密な地質試験のもとに地盤の硬軟の調査をなし、建物各部の重量を計算して基礎の幅を定めた。その幅は狭い部分で十六尺(約4.8m)、広い部分は二十八尺(約8.5m)もあって、最初に砂利を敷きならして均一に床突きし、セメントコンクリートを厚さ五尺(約1.5m)に打ち上げた。


そのため関東大震災でも損壊することもなく、竣工から111年経った現在でもこの様に建築当時の優美な姿を見る事ができます。
表慶館11.jpg
表慶館12.jpg


とは言え、何もせずに100年以上も持った訳ではなく、2005年~2006年にかけて屋根の葺き替え修理と展示室内面の塗り替え2011年~2013年にかけて内部のバリアフリー改修を行っています。
表慶館13.jpg
表慶館14.jpg
表慶館15.jpg
曲線美が素晴らしい階段部分は撮影スポットとして大人気でした。


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コメント 4

ゆりあ

さすが、説明がプロだな~と思いました^^
東京国立博物館に入ってすぐに目を引く建物ですよね^^
外見もさることながら、内部の装飾一つ一つがとても凝っているなあと思いました。
by ゆりあ (2018-03-05 00:53) 

そらそら

いや、所詮は他サイトや書籍からの借り物情報です(;´∀`) うろ覚え情報にはなってしまわないようにしっかり下調べして確認してから書いているので…。それでも時々間違えていますが;
明治~昭和初期にかけての近代建築物はファサードなどの内装が素晴らしいですよねヽ(・∀・)ノ
昭和10~20年代頃からモダニズム建築に移行してしまい、無駄な装飾とかを取り払った機能的なデザインになってしまいました。文化財として残される建物になったか取り壊される建物になったかはそこら辺が線引きになっている気もします。モダニズム建築は見方を変えたらただの古い鉄筋造りの建物にしか見えないですからね(;´∀`)
by そらそら (2018-03-05 06:20) 

middrinn

「モダニズム建築は見方を変えたらただの古い鉄筋造りの建物にしか見えない」は、
正鵠を射た評に思えました(^_^;) 特に、機能主義の生命線である機能が、時代に
合わなくなったりすると・・・(+_+) 前回の漱石による文展評ですが、「審査の
結果によると、自分の口を極めて罵つた日本画が二等賞を得てゐる。」という件も
あって、コレも「寒月」を指してる由、よほど気に入らなかったようですね^_^;

by middrinn (2018-03-06 16:54) 

そらそら

比較的新しい時期に建てられた筈なのに、先に壊されて跡形もなくなったモダニズム建築物も幾つか見てきましたので(>_<)
 東京中央郵便局は一部を側として残してKITTEとしたのでまだマシだったのかなぁ、とも思いましたが、万世橋にあった交通博物館なんて跡形も無くなってしまいましたものね;(まぁ、万世橋駅の遺構部分はEcute万世橋として残ったのが幸いでしたが)
漱石先生は結構ツンデレな人だったと思うのですよ。木島櫻谷が漱石作品をベタ褒めでもしたらデレた評価をしたのかもしれません。
by そらそら (2018-03-06 20:15) 

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